8月20日 この世の中は 悪事がはびこりすぎているように思います。

身障者の雇用問題について 私も一応従業員が私と奥様の二人しかいない超零細企業とはいえ 病院の経営者の端くれですから 一応知っておくべきことだあるようには思います。そして 全く知らないわけではないけれども うちの病院には関係のない事と勝手に判断してしまって あえて細かい数字についてなど知らないふりをしておりました。障害者雇用促進法は1976年に改正されて、従業員の一定割合以上の障害者を雇用することを義務化されていたみたいです。
義務化されたのは 民間の企業だけではなくて 国や地方自治体には より高い雇用率が設定されていたみたいです。この法律に直接関与する省庁がどこなのかさえ 不勉強な私は自信を持って答えられませんが、国民に法律をきちんと守ることを指導する立場の公務員さんたちの集まりですから よりハードルを高く設定するのは 当然のことのように思います。色んな省庁が 対象外の職員を身障者であるかのように算入して、雇用率を達成していたかのように、虚偽の数字を発表していたのだそうです。
水増しの疑いは国の中央の省庁にとどまらないのだそうです。地方自治体も次々と水増しを認めるとんでもない事態になってきているようです。障害者の法定雇用率は今年の4月から、国と地方自治体は2.3%から2.5%に、民間企業は2.0%から2.2%に引き上げられたのだそうですが 守られていなかった割合を引き上げたのですから いかにもお役所仕事 机上の空論で 笑い話にもなりません。
障害者雇用促進法と言う法律のの条文を少しだけ見てみましたが その目的と言うか趣旨は 正しいことであるのは間違いない様に思いますが 現実的にはきちんと実行するのはかなり難しいように感じました。障害者の定義さえわかっていない私が 障害者の方について語るのは おかしいのかもしれませんが お役所や民間企業は 一定の割合で障害者を雇わなければならないのだそうです。障害を持っておられる方だって 働いて 稼いで自立して生きていく権利があるのは当然だと思います。でも障害のある方は 生涯がある分健常者よりも 仕事の達成率が低くなるのは致し方のないことでしょう。
しかし障害者雇用促進法では 障害者を採用するときに健常者と同じ条件で 同じ待遇で雇う事を義務付けているみたいなのです。お役所でも 民間の会社でも 新規採用された時には 新入社員はみんな同じスタートラインに立っているのかもしれませんが その後の働きぶりによって 昇進に差がつき 当然給料にも差がついてきます。障害者が健常者よりも 仕事が出来ない分 立場や待遇に差がついてしまうのは 当然のように思いますが 如何でしょうか。
私は幸運にも健常者ですから 身障者の気持ちが理解できにくいのかもしれませんが 私の母親は 若い時にリュウマチ関節炎を患い 長い事一級の身体障害者でしたので その辛さや 家族の負担の大きさなどは ある程度理解しているつもりです。母親が重い身障者であったために 父親は母の介護に相当負担の大きな生活をしてきたのを 私は傍で長年見てきました。なりたくて身障者になる人はいないし 私だって明日交通事故にでも遭って 重い身障者になるかもしれません。生きるために働かねばならないのなら 出来るだけ条件の良い所で働きたいと考えるはずですが 健常者に比べて出来る仕事が限られるでしょうから 収入も待遇も低くて当然だと考えるように思います。
この法律の趣旨は正しい事のように思いますが あまりに現実からかけ離れていることを目指しているから 本来手本となり 指導しなければならないはずのお役所が 虚偽の報告を繰り返すような事態になってしまったのだと思います。「水増し」と言う表現が使われてしまうと 設定された数字の八割方位は達成しているが ほんの少し足りない部分を誤魔化していたかのように印象付けられてしまいますが 現実には達成率が五割にも達していないのに 報告上は 障害者雇用を達成しているかのような報告をしているのですから 「水増し」と言う表現は実態を正確に表現できていませんから 使って欲しくありません。
お役所がきちんと目標となる数字を達成していないのに あたかも達成している蚊のような嘘っぱちの報告をしておいて 民間の企業も当然目標値に達する身障者を雇いなさい と指導したかったのでしょうが これだけ広い範囲のお役所で嘘がばれてしまっては 全く説得力がありません。民間の企業がこれまで どれだけ水増し報告していたのか知りませんが 今後まともに身障者を雇用する企業がどれだけあるのか 甚だ疑問に思います。今後の身障者の方の働き口について 本当に心配な事件が起こってしまいました。
嫌なニュースを見てしまったとガッカリしていたら 今度は体操の世界でも パワハラがはびこっているという話です。相撲やレスリング アメフト、ボクシングなどスポーツの世界では ある程度体育会系の縦社会がしっかりと 存在していることは 致し方のない事のように思いますが 権力を握った人間の横暴さが あまりにも目に余る状況なのには 悲しくなってしまいます。スポーツと言うのは きちんとしたルールに乗っ取って正々堂々と争われるはずのものであるべきなのに 権力が一曲に集中してしまうと 人間と言う存在は その力を悪用する事しか出来ないのでしょうか。
自民党の総裁選挙が間近に迫ってきていますが アベチャンに権力が集中しているし アベチャンに逆らう動きをほんの少しでもすると 極端に冷遇されてしまうので 国会議員は皆アベチャンに尻尾を振ってしまうようで 悲しいです。何度も書きますが 私は政治家の中で一番嫌いなのはアベチャンです。お父さんは 逆にすごく好きだったので 残念で仕方がありません。逆に一番好きな政治家は お金の面で信用を失ってしまいましたが その主張が一番わかり易かった 小沢一郎です。
アベチャンは たまたま自分が総裁になった直後の総選挙で大勝利をおさめました。実態は民主党が予想通りに ズッコケてしまっただけなのに その功績を独り占めした格好で たまたま言い出した「アベノミクス」と言う政策に 国民みんなが幸せになれると上手くだまくらかして 全妙のタイミングで 解散して総選挙を繰り返して 更に議席数を伸ばして 大きな権力を手にしてしまい やりたい放題の悪行三昧です。まあアベチャンがこれだけ悪行の限りを尽くしても 自民党に対抗できるだけの政党が存在しないのですから 政権交代が起こるはずもないのが 悲しい日本の現状だと思います。
昔長年にわたって放送されていて 凄く人気のあった時代劇に「水戸黄門」と言うのがありました。勧善懲悪の単純極まりないストーリーの繰り返して 家族団らんで見ていて 一番安心できる番組だったから人気があったのかもしれませんが あの番組を客観的に考えた時 黄門さんが訪れる所には 必ず悪代官のような奴がはびこって悪さをしているのですから 日本中が悪の巣窟だったという話なのです。つまり昔も今も 悪い奴らが そこかしこではびこっているのですから 黄門さまに描かれていた世界は 現代の日本の縮図を見せてくれていたのかもしれません。
勿論私も 清廉潔白な人間ではありえません。表もあれば 裏の顔もあります。昔中国の孟子が唱えた性善説と荀子が唱えた性悪説と言うのがありました。その解釈は 要するに「人は生まれつきは善だが、成長すると悪行を学ぶ」というのが性善説、 「人は生まれつきは悪だが、成長すると善行を学ぶ」というのが性悪説なのだそうです。この説について「人は生まれつき善い行いをする生き物である」とか[人は本来悪い行いをする生き物だ」などと誤解されているみたいですが どちらの見解でも結局「人は善行も悪行も行いうるいきものである」と言う事を意味していて 単純に人を信じるにたる存在なのか 疑ってかかるべき存在なのかどうかとは関係のない話みたいです。でも世の中 こんなに悪い奴らがはびこっている日本では 人間は疑ってかかるべき存在であるのかもしれないと思えてしまいます。

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